東京高等裁判所 平成3年(行ケ)15号 判決 1993年4月15日
アメリカ合衆国
ニュージャージー州 07960 モーリスタウンシップ、
コロンビア・ロード・アンド・パーク・アベニュー(番地なし)
原告
アライド・コーポレーション
代表者
ケビン・エム・サリスベリー
訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾崎英男
同弁理士
社本一夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
堤隆人
同
奥村寿一
同
田辺秀三
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和61年審判第7058号事件について平成2年8月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1979年10月5日付けでアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和55年10月6日、名称を「電磁誘導装置用鉄心」とする発明につき特許出願をしたところ、昭和60年11月22日、拒絶査定を受けたので、昭和61年4月14日、これに対する審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和61年審判第7058号事件として審理し、昭和63年12月19日、出願公告したが、特許異議の申立てがあり、平成2年8月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
2 特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨
下記A)、B)、C)の構成要件からなる電磁誘導装置用磁性鉄心12:
A 各鉄心素子が透磁性物質の非絶縁ストリップ18の層を複数層巻くことによって形成されている、複数個の磁性鉄心素子14、〔ただし前記ストリップ18は、少なくとも50%が非晶質であり、かつ式M60-90T0-15X10-25によって定義される組成を有する合金からなり、ここにMは鉄、コバルトおよびニッケルのうちから選ばれる少なくとも1つの元素であり、Tは少なくとも1つの遷移金属元素であり、Xは燐、硼素および炭素から選ばれる少なくとも1つのメタロイド元素である。〕;
B 前記磁性鉄心素子14は互いに並行に向き合うように配置されて鉄心スタック20を形成している〔ただし、その高さ(h)は、各素子のストリップの巾(w)に比し相対的に大きい〕;
C 前記磁性鉄心素子は、各素子相互間の向き合って接する部分にはさまれている絶縁性物質によって互いに他から電気的に隔離されている。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対して、特許異議申立人が提出した甲第1号証(英国特許第1453154号明細書、本訴における甲第3号証、以下「第1引用例」という。)及び甲第2号証(特開昭51-77899号公報、本訴における甲第4号証、以下「第2引用例」という。)に示されている事項は次のとおりと認められる。
〔第1引用例〕
<1>上に積み重ねて設置することによって磁心を形成するリング1は、実質的に直角断面を有し、低損失で飽和曲線が実質的に直角であるmagnetic steel(磁性鋼)の連続したストリップを円形に巻回したもの、及び<2>絶縁系は、それぞれのリングの外側と内側に沿うように設置された2つの同心に配された絶縁物よりなるチューブ2及び3と、リングを支持し、かつ冷却液体を循環するための間隙を確保する絶縁物よりなる放射状交差物4より構成されていること(明細書第1頁右欄56行ないし75行、別紙図面2の第1図及び第2図参照)。
〔第2引用例〕
<1>心が、式:
(FE)70~85T0~15X15~25
(式中FEは鉄、コバルト、ニッケルのうちの少なくとも1種であり、Tは少なくとも1種の遷移金属元素であり、Xはアルミニウム、アンチモン、ベリリウム、ホウ素、ゲルマニウム、炭素、イシジウム、リン、ケイ素及びスズの非金属元素のうちの少なくとも1種である)の無定形磁性合金であって、少なくとも50%が無定形である磁性合金で構成されることを特徴とする、磁心装置(特許請求の範囲参照)、<2>前記<1>に記載の無定形磁性合金は、磁心装置に使用するのに必要とされる非常に低い保磁力、高透磁率、高電気抵抗率その他の望ましい特性を示すこと(公報第2頁左下欄7行ないし第3頁左上欄6行参照)、及び<3>無定形合金の高抵抗率はAC用途でうず電流損を最小にするのに役立ち、一方これは心損失を低める一要因となること(公報第4頁左上欄2ないし4行参照)。
(3) 次に、本願発明と第1引用例に示されたものとを比較すると、第1引用例の「リング」は、磁性鋼からなるストリップを円形に巻回したものであるから、本願発明の「磁性鉄心素子」に相当し、また、第1引用例の「磁心」は、「リング」を積み重ね、その高さがストリップの巾より大きいものであるから、本願発明の磁性鉄心素子を互いに並行に向き合うように配置した「鉄心スタック」に相当し、さらに、第1引用例の「絶縁物よりなる放射状交差物」は、「リング」間を絶縁するものであるから、本願発明の「絶縁物質」に相当するものと認められる。したがって、本願発明と第1引用例に示されたものとは、「下記A)、B)、C)の構成要件からなる電磁誘導装置用磁性鉄心:
A 各鉄心素子が透磁性物質のストリップの層を複数層巻くことによって形成されている、複数個の磁性鉄心素子;
B 前記磁性鉄心素子は互いに並行に向き合うように配置されて鉄心スタックを形成している〔ただし、その高さ(h)は、各素子のストリップの巾(w)に比し相対的に大きい〕;
C 前記磁性鉄心素子は、各素子相互間の向き合って接する部分にはさまれている絶縁性物質によって互いに他から電気的に隔離されている」
点で一致しているものと認められる。しかしながら、本願発明は、(イ)前記ストリップは、〔少なくとも50%が非晶質であり、かつ式M60-90T0-15X10-25によって定義される組成を有する合金(ここにMは鉄、コバルトおよびニッケルのうちから選ばれる少なくとも1つの元素であり、Tは少なくとも1つの遷移金属元素であり、Xは燐、硼素および炭素から選ばれる少なくとも1つのメタロイド元素(以下「本願発明の非晶質合金」という。)〕であること、及び(ロ)前記ストリップが非絶縁ストリップであるのに対して、第1引用例には、前記(イ)及び(ロ)について示されていない点で相違するものと認められる。
(4) そこで、前記の相違点について検討する。
<1> 相違点(イ)について
第2引用例に示されている合金の組成、組成範囲及び無定形(=非晶質)の割合が本願発明の非晶質合金と重複していることは、両者のそれらを照らし合せると明らかである。そして、第2引用例に示されている合金も本願発明の非晶質合金と同じく磁心に用いるものであるから、本願発明の非晶質合金と重複する第2引用例に示されている合金を第1引用例に示されているような電磁誘導を利用する装置の磁心に適用できるのは明らかであるので、前記適用は、単なる磁心材料の選択事項にすぎず、格別の意義を認めることができない。
<2> 相違点(ロ)について
ⅰ 第1引用例に示されている電磁誘導装置においても、本願発明と同じく、鉄心素子間に絶縁物を介在させて電気的に絶縁することにより、鉄心スタックの鉄損を小さくしていることは明らかである。また、第2引用例で、本願発明の非晶質合金と重複する合金は、高抵抗率であるため、うず電流損を最小にするのに役立つことが知られている。
ⅱ したがって、鉄心素子間に絶縁物を介在させて鉄心スタックの鉄損を小さくした電磁誘導装置において、前記(イ)により、非晶質合金の鉄心素子を用いるにあたり、高抵抗の非晶質合金ストリップを巻回する鉄心素子についてはうず電流損が小さいことから、ストリップ層間の絶縁を省略し、装置の小型化を図ることは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。そして、本願発明の効果は、非晶質合金のストリップを用い、ストリップ層間の絶縁物を省略することにより予測し得る範囲のものと認められる。
(5) 以上のことから、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載された前記事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)<1>のうち、第2引用例に示されている合金の組成、組成範囲及び無定形(=非晶質)の割合が本願発明の非晶質合金と重複していること、第2引用例に示されている合金も本願発明の非晶質合金と同じく磁心に用いるものであることは認めるが、その余は争う。同(4)<2>ⅰは認めるが、同(4)<2>ⅱは争う。同(5)は争う。
審決は、相違点(イ)及び(ロ)についての判断を誤り、かつ、本願発明の顕著な作用効果を看過して、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法である。
(1) 相違点(イ)についての判断の誤り(取消事由1)
電磁誘導装置の鉄心の素材には軟質磁性材を選択しなければならず、非晶質合金が軟質磁性材であることは、被告主張のとおりであり、また、合金の組成、組成範囲及び無定形(非晶質)の割合が本願発明の非晶質合金と重複している第2引用例の非晶質合金も磁心(鉄心)に用いられるものであることは審決認定のとおりであるが、以下述べるとおり、第1引用例の鉄心構造と第2引用例の非晶質合金を組み合わせることは不合理であるから、相違点(イ)についての審決の判断は誤りである。
第1引用例の鉄心は、複数のリング1が絶縁材からできた同心円状の支持チューブ2及び3と放射状の交差部材4によって形成された部分に収納されており、リング1は交差部材4によって支持され、その間には冷却液体を循環させるためのスペースがあるが、本願発明の鉄心素子に相当するリングの間に存在する絶縁体の本来の目的は、リングに生じる熱を放散するための冷却水の通路を形成することである(甲第3号証の訳文第2頁12行ないし15行)。
第2引用例の非晶質合金は、うず電流損(鉄損)が小さいために、非晶質合金でない従来の結晶性の鉄心材料に比べてはるかに発熱が少ないものである。
上記のとおり、第1引用例のものが、鉄心を鉄心素子に分割し絶縁体を介在させているのは、鉄心のうず電流損による発熱量が大きく、これを放散させるために冷却水通路を設ける必要がある特異な鉄心構造であるためである。これに対し、第2引用例の非晶質合金を用いた鉄心では、従来の鉄心材料に比べて、うず電流損が少ないために発熱量が少なく冷却水通路という特殊な構造を必要としないから、鉄心を鉄心素子に分割し絶縁体を介在させる構成を用いることは考えられない。したがって、第1引用例の鉄心構造に第2引用例の非晶質合金を組み合わせることは矛盾しており、当業者が合理的に考えることではない。仮に、当業者が第1引用例の鉄心に非晶質合金を使うことを想定した場合、絶縁体(冷却水通路)を必要としないから、第1引用例の構造から絶縁体を除去することになるが、そうすると、鉄心構造において鉄心素子を絶縁性物質を介して配置するという本願発明の構成はもはや存在しなくなる。
したがって、相違点(イ)について、第2引用例の非晶質合金を第1引用例の磁心に適用できるのは明らかであり、この適用は単なる磁心材料の選択事項にすぎず、格別の意義を認めることができないとした審決の判断は誤りである。
(2) 相違点(ロ)についての判断の誤り(取消事由2)
第2引用例は、同引用例のものに用いられる鉄心の具体的構造については何も示唆しておらず、また、うず電流損の小さい非晶質合金を用いると、従来の鉄心構造と異なる、どのような構造のものが採用し得るかについても何も示唆するところはない。また、本願出願前、非絶縁ストリップを用いた鉄心は知られていなかったのである。
ところで、被告は、鉄心のうず電流損を下げる必要があるときには、うず電流が流れる回路の電気抵抗を高くするための手段として、(a)軟質磁性材の電気抵抗を高くすること、(b)ストリップ層間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすること、(c)鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすることが、当業者の常識である旨主張するところ、(a)及び(b)については認めるが、(c)については否認する。
上記(c)の手段は、第1引用例や乙第1、第2号証に示されるように、大型変圧器等のうず電流損により多量の熱が発生するような鉄心(いずれも絶縁ストリップが用いられている。)に利用されるものであって、一般的に利用される手段ではない。まして、従来技術からみれば、うず電流による鉄損が小さく、大量発熱の問題は存しない非晶質合金の鉄心を鉄心素子に分割し、絶縁体を介在させることは考えられないことである。
そして、第1引用例や乙第1、第2号証が鉄心を鉄心素子に分割することによって解決しようとしたのは、絶縁ストリップの層内の鉄損の問題であった。これに対し、本願発明は、非絶縁ストリップという新規な構成を採用することによって鉄心をより小型、軽量化する一方、層間に電流が流れることによる損失の問題は、鉄心を鉄心素子に分割することにより解決しているのである。このように、第1引用例や乙第1、第2号証記載のものと本願発明とでは鉄心を分割するという点では共通するが、その目的を異にしているのである。
以上のとおりであるから、単に、第1、第2引用例に審決摘示の記載があることから、相違点(ロ)について、鉄心素子に非絶縁ストリップを用いることは、当業者が容易に想到し得ることであるとした審決の判断は誤りである。
(3) 作用効果の看過(取消事由3)
本願発明は、鉄心素子を形成するストリップが非絶縁ストリップであり、ストリップの各層間の絶縁が不要であるため、鉄心の組立て、処理及び材料のコストが低く、より小さく軽い素子とすることができ(本願公告公報〔甲第2号証〕7欄3行ないし9行)、そのため必要とされる銅巻き線の長さが実質的に減少せしめられ、電磁装置の銅損失が減少するという効果がある(同公報8欄34行ないし38行)。さらに、本願発明の顕著な作用効果は、本願発明のような非絶縁ストリップを用いて鉄心を作る場合、鉄心を単一の非絶縁ストリップで形成するよりも、相互に絶縁されたn個の鉄心素子に区分して形成した方が、ストリップ層間の電流によって生じる層間損失はn2分の1となることである(同公報8欄39行、ないし10欄12行)。
審決は、第1引用例及び第2引用例には示唆されていない、 本願発明のこれらの顕著な作用効果を看過している。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。
2(1) 取消事由1について
第1引用例の電磁誘導装置が、本願発明と同様に鉄心素子間に絶縁物を介在させて鉄心の鉄損を小さくしていることは明らかであって、同引用例に示されている絶縁体は、冷却水の通路を形成しているが、それと同時に、鉄心の鉄損を小さくしているものである。
ところで、第1引用例のものが、鉄心のうず電流損による発熱量が大きいために冷却水通路を必要としていることは、原告主張のとおりであるが、電磁誘導装置の鉄心が冷却水通路を有するか否かにかかわらず、鉄心の素材に軟質磁性材を選択しなければならないことは自明のことであるから、従来の電磁誘導装置の鉄心に公知の軟質磁性材を選択することは当業者が当然に考えることである。そして、第2引用例には、電磁誘導装置の鉄心に軟質磁性材である非晶質合金を用いて鉄損を低くすることが示されており、かつ、同引用例において、非晶質合金を用い得る鉄心構造は特定されておらず、冷却水循環路付きの鉄心構造のものが除外されているわけではない。さらに、本願発明においては、鉄心の構造は通常のものであり、特に冷却水通路を有するものが除外されているものでもない。
したがって、従来の鉄心、例えば第1引用例に示されているような鉄心の素材として、鉄損を低くするために、第2引用例で公知の非晶質合金を選択することは当業者が当然に考えることである。
したがって、相違点(イ)についての審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2について
鉄心のうず電流損を下げる必要があるときには、うず電流が流れる回路の電気抵抗を高くするが、そのための手段として、(a)軟質磁性材の電気抵抗を高くすること、(b)ストリップ層間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすること、(c)鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすることは、当業者の常識である。
ところで、第1引用例に示されているような鉄心素子間に絶縁物を介在させた鉄心スタックは、上記(c)により、うず電流損が小さくなり、さらに第2引用例の非晶質合金を用いた鉄心は、非晶質合金の電気抵抗が高いことから、上記(a)により、うず電流損が小さいので、鉄心素子間に絶縁体を介在させてうず電流損を小さくした電磁誘導装置の鉄心素子として非晶質合金を用いると、さらにうず電流損が小さくなるから、ストリップ層間の絶縁を省略することは当業者が容易に想到し得るものである。
したがって、相違点(ロ)についての審決の判断に誤りはない。
原告は、本願発明は非絶縁ストリップを採用し、層間に電流が流れることによる損失の問題は、鉄心を鉄心素子に分割することで解決している旨主張しているが、鉄心を鉄心素子に分割すると、うず電流損が下がるのが常識であることは、前記(c)により、ストリップが絶縁か非絶縁かにかかわらず当然のことであり、このことがよく知られ、従来から実施されてきたことは、乙第1、第2号証に示されているとおりである。
(3) 取消事由3について
原告が主張する作用効果のうち、より小さく軽い鉄心素子とすることができ、電磁装置の銅損失が減少する旨の効果は、相違点(ロ)について述べたストリップ層間の絶縁物の省略により当然に生じる効果にすぎない。また、相互に絶縁された鉄心素子に区分することによって生じる鉄損の低下の効果は、前記(2)で述べた(c)の技術常識から当然に生じる効果にすぎない。
したがって、審決に原告主張の作用効果の看過はない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実、並びに、第1引用例及び第2引用例に審決摘示の事項が示されており、本願発明と第1引用例に示されたものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
2 そこで、審決の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 第1引用例には、同引用例の電磁誘導装置用磁性鉄心の絶縁系は、それぞれのリングの外側と内側に沿って同心円状に設置された絶縁物よりなる支持チューブ2及び3と、リングを支持し、かつ冷却液を循環するための間隙を確保する絶縁物よりなる放射状交差部材4により構成されるものであることが記載されており、同引用例に示されている電磁誘導装置においても、本願発明と同じく、鉄心素子(リング)間に絶縁物を介在させて電気的に絶縁することにより、鉄心スタックの鉄損を小さくしていることは、当事者間に争いがない。
上記事実によれば、第1引用例において、リング間に介在されている交差部材4は、冷却液を循環させるための間隙としての機能と共に、うず電流損を減少させ、鉄損を小さくする機能を果たしていることは明らかである。
ところで、電磁誘導装置の鉄心の素材に軟質磁性材を選択しなければならないこと、非晶質合金は軟質磁性材であること、第2引用例に示されている合金も磁心(鉄心)に用いられるものであって、その組成、組成範囲及び無定形(非晶質)の割合は、本願発明の非晶質合金と重複していること及び同引用例には、同引用例の合金は高抵抗率であるため、うず電流損を最小にするのに役立つ旨記載されていることは、当事者間に争いがない。
このように、第1引用例のものにおいては、うず電流損の減少を図ることをも目的として、絶縁物である交差部材4をリング間に介在させているが、第2引用例には、うず電流損を低くするものとして、本願発明の非晶質合金と重複する鉄心用の非晶質合金が開示されているのであるから、よりうず電流損を低くするために、第2引用例の非晶質合金を第1引用例の電磁誘導装置の鉄心素子に適用することは、当業者において容易に想到し得ることであり、この適用を妨げるべき技術的事由は存しないものと認めるのが相当である。
<2> 原告は、請求の原因4項(1)の理由により、第1引用例の鉄心構造に第2引用例の非晶質合金を組み合わせることは矛盾しており、当業者が合理的に考えることではない旨主張するので、この点について検討する。
第1引用例のものが、鉄心のうず電流損による発熱量が大きいために冷却水通路を必要としていることは、当事者間に争いがない。しかし、第2引用例の非晶質合金を用いることのできる対象が特定の鉄心構造に限定されるものと認めるべき証拠はなく、後記(2)<1>において説示するとおり、鉄心のうず電流損を下げるために、鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすることは、当業者に周知の事項であるから、第2引用例の非晶質合金を用いた鉄心についても同様の手段を用いようとすることは、当業者であれば十分考えることというべきである。また、上記のとおり、第1引用例の交差部材4は、冷却液を循環させるための間隙としての機能と共に、うず電流損を減少させる機能をも果たしているものであり、うず電流損の軽減という点では本願発明における絶縁性物質と同じであるから、当業者が第1引用例の鉄心素子に非晶質合金を使うことを想定した場合に、この交差部材4を必要ないものとして除去することにはならず、したがって、第1引用例の鉄心構造に第2引用例の非晶質合金を用いることが排除されているとは考えられない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
<3> 以上のとおりであるから、相違点(イ)についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 鉄心のうず電流損を下げる必要があるときは、うず電流が流れる回路の電気抵抗を高くするが、そのための手段として、(a)軟質磁性材の電気抵抗を高くすること、(b)ストリップ層間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすることが当業者の技術常識であることは当事者間に争いがなく、また、第2引用例には、うず電流損を低くするものとして、本願発明の非晶質合金と重複する鉄心用の非晶質合金が開示されていることは上記(1)のとおり当事者間に争いがない。
そして、第1引用例の電磁誘導装置は、鉄心素子間に絶縁物を介在させて電気的に絶縁することにより鉄心スタックの鉄損を小さくしているものであること(このことは、上記(1)のとおり当事者間に争いがない。)、成立に争いのない乙第1号証(実公昭37-25639号公報)には、「中型または大型変圧器においては鉄心の幅が著しく大きくなるので、それに伴って渦流損が増加することを免れないが、本考案によれば鉄心を鋼板の巻き幅方向に分割することにより渦流損を少なくし、従って特性良好な鉄心が得られる。」(第1頁右欄24行ないし29行)と記載され、鉄心相互間にスペーサ4が挿置されているものが図示されていること(同号証の第2図参照)、同乙第2号証(実願昭49-7416号〔実開昭51-3047号〕のマイクロフイルム)には、「この考案は、鉄心の構造を工夫することによって、上記渦流損失を減少させるようにしたものである。(略)この実施例においては、けい素鋼板の薄いものを選び、鉄心断面積に対しこれを数分割する幅、すなわち図では第2図の鉄心1の幅Wを1/4分割したテープ状のけい素鋼板を予め巻き上げて、鉄心1A、1B、1C、1Dとし、これらを焼鈍後、それぞれ絶縁ワニス2を含浸する。その後、各鉄心間に絶縁紙4を介在させて積み重ね、これらをテープ5で巻き上げて1個の鉄心1とする。(略)上記の構成によると、従来の1枚のけい素鋼板を巻き上げるものと比較し、断面に現われる細分される鉄片の数は数倍(略)に達することになるので、そのため渦流損失が著しく減少する。」(第3頁17行ないし第4頁15行)と記載されていることからすると、鉄心のうず電流損を下げるために、鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすることは、当業者に周知の事項であると認めるのが相当である。
ところで、鉄心のうず電流損を軽減するために、上記(a)軟質磁性材の電気抵抗を高くすること、(b)ストリップ層間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすること、(c)鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させて電気抵抗を高くすること、という3つの手段のいずれをどのように組み合わせるか、あるいはどの手段に重きをおいて採用するかは、目的とする電磁誘導装置がどのようなもの(変圧器、発電機、モータ等、また変圧器でも大型、小型等)か、あるいはそれらの技術上、経済上の諸々の理由により当業者が任意に設定し得ることというべきである。
しかして、第1引用例には、電磁誘導装置において、鉄心素子間に絶縁物を介在させて電気的に絶縁することにより、鉄心スタックの鉄損を小さくしていることが、第2引用例には、本願発明の非晶質合金と重複する合金はうず電流損を軽減するものであることがそれぞれ開示されているのであるから、ストリップ層間に絶縁物が介在する第1引用例の装置において、第2引用例の非晶質合金を鉄心素子に用い、利用される電磁誘導装置によっては、装置の小型化を図るために、電気抵抗を高める手段として介在するストリップ層間の前記絶縁体(前記(b)の手段)を省略することを考えることは、当業者が容易に想到し得ることと認めるのが相当である。
<2> 成立に争いのない甲第4号証によれば、第2引用例は、同引用例のものに用いられる鉄心の具体的構造や、うず電流損の小さい非晶質合金を用いると、従来の鉄心構造と異なる、どのような構造のものが採用し得るかについて示唆するところのないことは、原告指摘のとおりであるが、これらの点について示唆するところがないからといって、上記技術常識及び周知技術に従えば、うず電流損を軽減する第2引用例の非晶質合金を鉄心素子に用いた場合に、利用される電磁誘導装置によっては、電気抵抗を高める手段として介在するストリップ層間の絶縁体を省略することは、上記説示のとおり、当業者の容易に想到し得ることであるから、第2引用例に上記示唆のないことが、上記手段の省略を想到することを特に困難ならしめるものとは認め難い。
次に、第1引用例の鉄心はうず電流損により多量の熱が発生するものであり、乙第1、第2号証の鉄心も従来の結晶性素材を用いたものであって、いずれの鉄心も絶縁ストリップであると認められる。しかし、鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させた場合には、その絶縁体介在自体の効果として、電気抵抗が高められてうず電流損が軽減されるものであることは、前記(c)の周知事項より明らかなところであるから、使用される鉄心が非晶質合金であると否とにかかわらず、また、鉄心のストリップが絶縁、非絶縁にかかわりなく、うず電流損が軽減されることに変わりはない。したがって、非晶質合金の鉄心を鉄心素子に分割し、絶縁体を介在させることは考えられないことである旨の原告の主張は採用できない。
さらに、第1引用例における交差部材4は、各リングに巻回されているストリップ層内のみならずストリップ層間の、すなわち鉄心全体のうず電流損を減少できるものであり、また、乙第1号証におけるスペーサ4及び乙第2号証における絶縁紙4も、鉄心内及び鉄心の巻層間のうず電流損を減少できるものであり、このことは、これら交差部材及び絶縁紙がうず電流発生が不可避的である鉄心装置に用いられていること自体から技術的に明らかであるところ、本願発明における絶縁性物質も各磁性鉄心素子のストリップ層内及びストリップ層間のうず電流損を減少するものであって、この点において変わるところはなく、そして、この効果はストリップが絶縁されているか、いないかによって異なることはないのであるから、第1引用例や乙第1、第2号証のものと本願発明とでは、鉄心を分割している目的を異にしている旨の原告の主張も理由がない。
<3> 以上のとおりであるから、相違点(ロ)についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3について
成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、本願発明は、「鉄心素子14は、絶縁された層間構造を有する磁性鉄心に比し、組立て、処理および材料のコストがより低いコストで、より小さい、より軽い素子に巻き上げることができる。」(同公報第7欄5行ないし9行)、「磁性鉄心12の細分化構造によって与えられた層間絶縁の不要化のために、必要とされる銅巻き線の長さが実質的に減少せしめられ、電磁装置10の銅損失が減少する。」(第8欄34行ないし38行)という作用効果を奏することが認められるが、これらの作用効果は、ストリップ層間の絶縁物を省略することにより(このことが、容易に想到し得るものであることは前記(2)に説示のとおりである。)当然予測できるものにすぎず、格別のものとは認められない。
また、同号証によれば、本願発明は、「鉄心はn個のセクションから成っているので、(略)鉄心が単一素子として巻かれているときに比べて、n2倍だけ全鉄損が小さくなる。」(同公報第10欄2行ないし7行)という作用効果を有することが認められるが、鉄心を巾方向に分割し、その間に絶縁体を介在させると鉄心のうず電流損が下がることは前記のとおりであって、第1引用例のものも、交差部材によって各リングが区分されることにより、本願発明と同様に交差部材の数の2乗に反比例してうず電流損が軽減できるものと認められるから、本願発明の上記作用効果を格別優れたものとすることはできない。
したがって、審決に原告主張の作用効果の看過はなく、取消事由3は理由がない。
3 よって、審決の違法を理由として、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙図面1
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別紙図面2
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